生活

転売ヤーはなぜ嫌われるのか?

レジでの売買



転売ヤーが世間で批判されまくっていますが、なぜ転売はそこまで嫌われるのでしょうか?

転売というのは、やってることとしては、商社と同じ。物をある場所から仕入れて、ある場所に流しているだけです。実際、個人で転売している人を「個人商社」と呼ぶこともあります。

では、それにも関わらず転売ヤーが嫌われる原因は何でしょうか?

この記事では、転売ヤーが嫌われる理由を挙げて、分析してみました。それではどうぞ。

 



 

転売ヤーが嫌われる理由

その1:モラルがない

転売ヤーが嫌われる理由として、モラルがないことが挙げられます。いわゆる(日本的な定義での)モラル・ハザードの問題です。

彼らは自己中で、自分の利益しか追求していません。

そのため、「自分が儲けられればいいでしょ」という浅い考えで行動しており、顧客のことや消費者のことをまるで考えていません。

マスクの買い占めやNintendo Switchの買い占めなどが話題になりましたが、本当に自分勝手な行動でしたよね。

「需要があるから」というのが転売ヤーの主張です。たしかに合理的です。が、だからといって不当に値段を吊り上げるのは、完全に間違いです。需要があるから買い占めをしていいわけでもなく、買い占めたものを不当な値段で売っていいわけでもありません。

需要に合わせて行動するというのは経済のルールとしては間違っていませんが、みんなが楽しく過ごすために「このラインは超えてはいけない」という「たが」が必要です。その「たが」に当たるのが、モラルとか道徳とか思いやりとか節度とか常識というものです。

転売ヤーはまさしく「たががはずれて」います。そのため、モラルを持っている側からすると、その行動にはイラっとさせられるわけです。

 

その2:仕入れ先が間違っている

記事の冒頭で、転売ヤーと商社を比較しました。

やっていることはどちらも同じと言いましたが、もう少しミクロに見ていくと、実際には両者は異なっています。何が違うかというと仕入れ先。

 

商社の仕入れ先 → メーカー

転売ヤーの仕入れ先 → 小売店

 

(もちろん、直営店など例外もありますが)メーカーというのはBtoBで販売するのが一般的です。商社はメーカーから100ロットや200ロットの大きな単位で物を仕入れますが、取引先であるメーカーは顧客向けに物を製造せず、あらかじめ商社や小売店などに卸売することを考えています。そのため、大きな問題になることはありません。

一方、小売店から転売ヤーが商品を仕入れる場合はどうでしょうか。小売店はBtoCでビジネスをしています。つまり、小売店の相手は消費者そのもの。そして、小売店が消費者に物を提供する場合、小売店側も消費者側も「1つや2つなど少量の物をやり取りする」という暗黙の合意形成があります。それなのに、転売ヤーは小売店に対して、商社がメーカーと取引するようなやり方で、小売店から「卸売」してもらおうとするのですから問題が生じます。

つまり、転売ヤー問題は、転売ヤーが「メーカーから買い付ける」という知恵と才能を持てば、解決するわけですね。例えば、メーカーに連絡して、「個人商社をやっております〇○と申しますが、マスク300箱売っていただけませんか?」と言えば、何にも問題は起きないわけです。

 

その3:余計なことを言う

転売ヤーには自分で自分の首を絞めている面がありますよね。

転売ヤーは、「マスクを大量に仕入れて100万円儲けました」「○○のライブチケットで50万儲けました」など、twitterなどのSNSで悪びれもせず平気で発信します。儲けても自分のなかでほくそ笑むだけにして黙っておけばいいんですよ。なのに、自己顕示欲から「儲かった」と周囲に発言することで、周りから顰蹙(ひんしゅく)を買っています。

(追記)考えてみると、「自分の行為がグレーゾーンである」という認識がないから、SNSで発言できるのかも。転売ヤーはやはりバカかマヌケ?

 

どうしてこうなった?

裁判所

責任はみんなにある

ここまで転売ヤーが嫌われる原因を挙げてみました。

「やっぱり転売ヤーってクソだな」と結論づけたいところです。が、転売問題の責任を転売ヤーだけに押し付けるのは間違いです。

実際には、経済ゲームに参加する全ての人に責任があります。

というのも、転売ヤーの存在が成り立つのは、転売ヤーに売る人(小売店)と転売ヤーから買う人(消費者)がいるから。なので、小売店側で「ひとり1点まで」「転売目的の人には売らない」というルールを作ればいいし、消費者側も「1万円以上なら買わない」「転売ヤーからは買わない」という自分ルールを定めて賢く立ち振る舞えば、おかしなことにはなりません。

ただ、この辺のことは頭では分かっている人も多いはず。ではなぜそうはなっていないのか? それはひとえに、みんな「自分だけは得したい」と思っているからです。

つまり、小売店側は「とにかく売上を伸ばしたい」「相手が転売ヤーだろうと儲ければOK」と考え、消費者は「高くてもいいから転売ヤーから商品を買って他の人よりも優位に立ちたい」と考えています。結果が、昨今の惨状です。

ある意味、資本主義の欲望がなせる業ですね。

つまり、モラルが崩壊しているのは転売ヤーだけでなく、小売店側も消費者側も同類ということです。

もちろん、メーカーや商社にも責任はあります。おそらく、転売ヤーの中には過去に「メーカーか商社から商品を仕入れよう」と考えた人もいたでしょう。しかし、「信頼できない個人とは取引したくない」「その商品は5000箱以上からじゃないと売れない」という理由でメーカーから取引を断られた人もいたはず。

なので、商社やメーカーもマニュアルに沿うのではなく、時代に合わせてもう少し柔軟に動いていたら転売ヤー問題は起きていたのではないでしょうか。例えば、「転売ヤー専門窓口を設ける」「小ロット販売をする」など、できることはあるはずです。

 

マーケット責任者もさっさと動け

ヤフオクやメルカリなどマーケットの提供者にももちろん責任はあります。というか、転売ヤーを真っ先に規制しなければならないのは、ヤフオクやメルカリです。

転売ヤー問題をたどっていくと、根っこの部分には、「不当な価格での取引が成り立つマーケットがある」という問題があります。なので、そうしたマーケットさえなくなってしまえば、転売ヤー問題もなくなるはずです。

ではなぜ、ヤフオクやメルカリは転売ヤーにマーケットを提供し続けているのか?

理由はもうお分かりのはず。「転売ヤーが取引してくれれば、その分胴元が手数料で儲かるから」です。ヤフオクやメルカリなど、マーケットの番人としてモラルを一番大事にしなければならない企業ですら、モラルではなく営利を追求しているというのが転売ヤー問題の闇の部分です。

法律にすぐ頼るのは……

転売ヤー問題みたいなことが起こるとすぐ「法律を作って規制しろー」という人が出てきます。たしかに、転売を規制する法律があれば、転売ヤーは減るでしょう。でも、法律を作るというのはよく考えてみたほうがいいですね。ルールでガチガチに縛るというのは、いい面だけでなく悪い面もあるからです。

シンプルに言えば、法律が増えるとその分生きづらくなります。

ルールが多いというのは、例えて言えば、校則の多い学校みたいなもの。ピアスはだめ、髪染めはだめ、肩にかかる長さの髪型はだめ。校内恋愛禁止。授業中の水分補給も禁止。そういう学校で青春を過ごした人も多いのではないでしょうか? そして、校則でガチガチの学校生活にストレスを感じることもあったでしょう。

もう少しマクロな視点から例を挙げてみます。例えば、シンガポール。多民族国家であるシンガポールは、そのまま放置しておくとカオスな状況になりやすいので、生活の細部に至るまで何でも法律化しています。「ゴミをポイ捨てするだけで最高2000ドルの罰金&清掃」「深夜10時から朝7時まで屋外での飲酒禁止(罰金1000ドル)」「電車内での飲食禁止」などは日本でも有名です。

このようにルールが多いと、息苦しさを感じる羽目になったり、自分には無関係と思っていても、思わぬところで被害を被ったりすることもあります。ですから、法律の制定は慎重になったほうがいいのです。少なくとも、節度をもって普通に商品を転売している人たちまで被害を受けることがないように法整備する必要があります。

また、仮に法律を制定したとしても、法律の抜け穴を見つけて不当な売買をする転売ヤーが減らず、イタチごっこになる可能性も考慮しなければなりません。

いずれにせよ、法律の制定は最終手段と考えるのが無難です。

 

転売ヤーはこのままでいいの?

色々書いてきましたが、このままいくと、世の中は転売規制の方向に進むでしょう。

で、私が気になるのは、転売ヤーはこのままでいいの? ということです。「短期的な利益(=買い占めで大儲け)をとるか、長期的な利益(=3年先も転売で生計が立てられる自状況)をとるか」の択ですが、賢く選択する必要があります。

世の中の批判や圧力が高まり法律ができたら、転売ヤーは自ずと商売ができなくなります。すると、当然、転売で生計を立てることもできなくなり、自分で自分の首を絞めることになります。先ほど法律について語ったように、法律ができたことで転売以外の場面で息苦しさを感じることも生じるかもしれません。

因果応報という言葉がありますが、好き勝手に転売した結果、気づいたら自分の生活が苦しくなっていた、という顛末になったら笑い話ではすみません。

モラルに頼るのか、それとも法律に頼るのか。私なら前者が機能している社会のほうが生きやすいと思いますね。しかし、自浄作用がないなら、法律に頼るしかないです。

ある程度まで利己的になるのは間違いではないですが、利己的になり過ぎるのは間違いです。サルやチンパンジーじゃないんですから、自己と他者のバランスというものをもう少し考えてみる必要があります。

 



ABOUT ME
てりたま
いつの間にかライターで生きるようになっていた人。真面目半分、不真面目半分で記事を書いてます。