思っていること

決断力とは何か?10年以上勘違いしていたこと

太陽を眺める人



中学生の頃に当時の担任の先生から「決断力が大事だ!」と言われてから、「決断力ってなんだろう?」とあれこれ考えてきました。

決断の有名な定義は、文字通り「決めて断つ」です。様々な本やいろんな人が同じことを言ってますよね。ある期間を設けて、ひとつのことに集中する。すると、大きな効果を上げることが出来、目標達成にも近づく。それが決断の意味と説明されることは多いです。

で、昔の私も、「よし、成果を出すために1つのことに絞って何かに打ち込めばいいんだ」と思ってました。

しかし、決断についてちゃんと理解している人なら、これでは不十分と分かるはず。



 

決断とは何か?

決断とは、決めて断つこと。

でも、それだけだと、決断の意味を理解したことにはなりません。

それでは、決断とはなんでしょうか?

決断というのは、意思決定なんですね。この「意思」というのがポイント。つまり、意思を伴わず、何かに専念したとしても、それは決断とは言えません。意思をもって「これにする」と決めてこそ、はじめて「決断をした」と言えます。

これは多くの人が勘違いしているポイントです。私ももちろん勘違いしていました。

 

決断する人はリスクテイカー

ということで、意思とは何か?というのが問題になると思います。

私の考える意思とは、ズバリ覚悟です。リスクを厭わず、度胸と情熱をもって、自分の持っているリソース(時間・体力・お金)を投じる覚悟をもつこと。そして、レーザーポインターのように、自分の知識や知恵を目的に向かって集中させる力。それが意思です。そのため、決断を下す人は常にリスクテイカーと言えます。

反対に、保守的な人や心配性の人が、決断力がある人とは言えません。もし彼らが何か取捨選択したとしても、それは100%の覚悟を伴ったものではなく、「絶対成功させてやる」という気概もありません。「このくらいでいいか」と、どこか適当で手を抜いているはずです。

 

決断に情報は必要?

決断をするために情報は必要でしょうか?

結論から言えば、ある程度は必要です。何も知らない状態だと判断をすることは難しいからです。

しかし、いつまでも情報を集めているのは決断できないダメ人間。どこかで情報収集をストップする必要があります。

そもそも、決断できない人は情報を集めても決断しません。なぜか? 彼らには決断する勇気がないからです。100%正しい解が見つからなければ、彼らは行動する気になれないのです。

でも、100%の情報ってないんですよ。だから、どこかで自分を信じて、「これだ!」という選択をしなければなりません。

 

決断とは、自分を変える力

「こうすれば上手くいく」というノウハウって巷に溢れていますよね。

では、ノウハウがあるのに成功者ばかりでないのはどうしてでしょうか?

正解は、「みんな自分を変えたくないから」です。誰も自分のコンフォートゾーン(安心領域)から出たくないんですね。だって嫌じゃないですか、自分を変えるのって。変えた結果、何が起こるか怖いんですよ。だから、安心していられる繭(まゆ)の中に閉じこもっているわけです。

しかし、決断するには、この繭から出てこなければなりません。それはつまり、自分を脅かす覚悟をもつこと。

なので、ビビリや臆病な性格の人には、決断は永遠にできません。

反対に、自分の恐怖と対面する度胸がある人は、どんどん決断をしていきます。

 

決断とは自分の人生に責任をもつこと

決断したからといって、成功するとは限りません。むしろ失敗する可能性のほうが多いといえます。

しかし、しっかりと覚悟をもって決断をしている人は、失敗も自分のこととして受け止めて、前向きに次のチャレンジに向かうことができます。

一方、決断をせず失敗をした人は、失敗の原因を他人に求めたり、「なぜ自分の人生はうまくいかないのだろう」と悩んでいたりします。決断の下手くそな人は、ふわふわと漂う風船みたいなもので、自分が立つべき場所を定められず、いつまでも「モラトリアム」のような生活をしています。

 

終わりに

決断について浅い理解だった昔の自分に一言声をかけてあげたいです。。。

ちゃんと決断のメカニズムが分かっていたら、人生の立ち回りももう少し変わりましたね。

 

「このままでいいのか?」と自分に問いかけると、なんだかもやもやする。そういう人は、たぶんちゃんと決断ができていないはず。取捨選択よりも先に、覚悟を決めましょう。



ABOUT ME
てりたま
いつの間にかライターで生きるようになっていた人。真面目半分、不真面目半分で記事を書いてます。