思っていること

わがままデイの導入を開始しました

ジャンプする人



わがままデイのすすめです。

 



 

「やる気が出ない」の原因

やる気が出ないということは、誰にでもありますよね。

私もここ数日まるでやる気が出なくて、困ってました。

なんでなんだろう?と思ってベッドの上でダラダラ。

原因を考えてみたら、ひとつ原因がひらめきまして……。

 

最近わがままに生きていない!

 

どうも他人の意向とか意見とか、そういうものばかり重視して、自分の意見とか思いをなおざりにしていたような気がします。

 

好き勝手に生きてみる日

人間のモチベがどこから湧いてくるかというと、自分の内側です。

だから、自分を無視して他人に合わせてばかりいると、絶対やる気なんて起きないわけです。

他人に合わせてばかりいる人は、四六時中、自分の内側から湧き上がる自然な感情を無理やり抑え込んでいるのですから。

 

ある程度自己中に生きないとダメになるんですよ、人間は。

 

通勤・通学途中に見る中年のサラリーマンで、今にも爆発しそうなピリピリした雰囲気の人がいますよね。

あれって、自分をないがしろにして、他人にばかり合わせて、でも、自分はどこかでそれに矛盾を感じていて、その矛盾がイライラとか鬱屈感とか、そういう負の感情を生んだ結果、ああいう雰囲気を醸し出しているのです。

 

誰だって、そんな風にはなりたくないですよね。私だって嫌ですもん。

 

ということで、他人にばかり合わせるのではなく、好き勝手に生きる「わがままデイ」を導入するという結論に至りました。

わがままデイとは、とにかくわがままに生きる日です。

やりたいと思ったことをやり、嫌だと思ったことを絶対にやらない日。そんな贅沢な日です。

気を抜くと鬱屈としてくる日常の、一種のガス抜きのための日です。

やってみると分かりますが、効果は抜群です。

ものすごーくストレスが軽減されていくのが分かります。

 

わがままは道徳的に間違っているか?

大人になると、わがままでいることに抵抗感が湧きます。

「わがままでいるのは子どもだけの特権で、大人は自分を抑えなければならない」

無意識にそんなふうに大人を定義して、自由な行動を自分から抑制している人は世の中に多いですよね。

わがままは道徳的に間違っているんだ、他人を重んじて他人のために尽くさなければ!

たしかにそういう使命感は立派です。しかし、何かそこには見落としがあるんじゃないか?

たまにはそう考えてみる必要があります。

どんな物事にもメリット・デメリットはあって、わがままであることに関しても必ずいい面はあるのです。

わがままのいい面とは何か?

わがままでいると、自己肯定感がじわじわと湧いてきます。

この自己肯定感がすごく大事。

自分がやっていることを認めて受け入れて、初めて他人のために何かできるのです。

 

利他的というのは、ある意味、利己的であることの延長線上にあります。

「自分が好きでやっていたことが、結果的に他人のためになっていた」というのが正しい利他主義です。「自分を抑え込んで、他人に尽くす」という滅私奉公は正しい利他主義ではありません。

そう考えてみると、私を含め世間の人の多くは、いつの間にか滅私奉公式の利他主義に囚われてしまっているのではないでしょうか?

 

最低、週一でわがままになろう

最低週一回は、大人でもわがままになる日があっていいと思います。

 

  • 家事を一切しない
  • 仮病で仕事をサボる
  • 1日中ゲームをする
  • 「やれ」と誰かに言われたことをやらない
  • 他人の意見を一切聞かない・無視する
  • 1日中ベッドの上でゴロゴロする
  • 好きなだけ好きなものを食べる
  • 倹約など考えず好きなだけ買い物でお金を使う

 

私、このリストを書いていてワクワクしました。

わがままというのは、ある意味、責任放棄です。ルールを無視することです。

で、これが快感なのです。

小さい頃、親や先生に「ダメ」と言われたことをこっそり実行してほくそ笑んでいましたが、あれと全く同じ快感です。

 

もしわがままになったら、自分は何をするのか?

こう考えて、やりたいこと(やりたくないこと)をリストアップしてみてください。

たぶん、あなたも私と同じ気持ちになるはず。

で、リストアップしたら、実行しちゃいましょう。

「大人がわがままをしたら、周囲に迷惑がかかる」という気持ちは分かります。

それでも、やってみて欲しいですね。わがままというガソリンを注ぐと、自分が健康になっていくのが実感できますよ。

わがままデイ、かなりおすすめです。

 

 

 



ABOUT ME
てりたま
いつの間にかライターで生きるようになっていた人。真面目半分、不真面目半分で記事を書いてます。