思っていること

私が「読書」を止めた理由




高校生・大学生の頃は読書が大好きで、暇があれば本を読み漁っていました。

そんな私ですが、社会人になって読書をあまりしなくなりました。

なぜかというと、読書が時間の無駄だと思ったからです。

こんなことを書くと、読書好きの人から、「本も読めないアホ」と罵声を浴びそうですねw

でも、読書というのはそれ自体は受け身な行為なので、本を読んだだけだとあまり身にならないことが多いのです。

で、読書をしなくなった代わりに何をするようになったかというと、主に勉強をするようになりました。

 

正確なインプット

読書をしていると、基本的に字を目で追うだけで終わってしまいます。

その場で書かれていることについて多少考えることはありますが、数日すると内容を忘れてしまうし、「本当に書かれている内容を正確にインプットできているか?」と考えてみると、実際にはあやふやな点が多く、後から振り返ってみると、読書はインプットとしてあまり良質ではなかったのです。

もちろん、読書をするだけで正しくインプットを行い、適切な時に記憶のタンスから引き出せる人も中にはいるでしょう。

でも、私の場合、それほど頭の出来がよくありませんでした。

 

そこで、勉強をするようになりました。

勉強というのは、基本的に知識を覚え、考えることを目的とします。

知識を覚えるためには反復が必須となるため、必然的に反復を通して正確な知識が身に付きます。

また、反復の過程で様々なことを考えるため、思考が整理され、自ずと知識同士が絡みあい体系化されていきます。

つまり、読書に比べ、勉強をする方が実入りが多かったのです。

また、旅についても勉強と同じような理由から実践するようになりました。

「百聞は一見に如かず」と言いますが、実際に見ることで理解できるものは多く、旅行記や小説等の文字情報を追っているだけよりならば、現地に行ってしまった方がはるかに短時間で正確な知識を得ることができます。

旅という体験を通して自分の中に残る印象は文字情報とは比べ物にならず、長く記憶に残るため、後から参照するのも容易になります。

いわゆる意味記憶とエピソード記憶の違いです。

そんなわけで、旅を積極的に行うようになったのです。

 

読書のやり方を変えた

読書を止めたと言っておきながらこんなことを言うのは気がひけますが、実際には本を使ってあれこれすることはあります笑

つまり、完全に読書を止めたわけではないのです。

なんだかタイトル詐欺みたいですね笑

でも、勉強をするには必ず本を用いますし、旅に行く前にもあれこれ現地についての本を読みます。

また、ブログのネタがないときに本を読んで書評を書くこともあります。

ですから、読書を止めたというよりは「身にならない読書を止めた」という方が正確です。

もちろん、偶然手に取った本から得た着想をもとに人生が変化していくこともあるというのは承知しておりますが、そういう「偶然の読書」は読書全体の20%程度でいいのかなと思っています。

時間が有限な以上、読書に対しても効率を意識してしまうのは大人の良いところであり、悪いところでもありますね。

 



ABOUT ME
てりたま
いつの間にかライターで生きるようになっていた人。真面目半分、不真面目半分で記事を書いてます。